識字運動資金稼ぎのためのバザー手伝いに定期的に通っている。
先日、そのお手伝いの時に、考えさせられてしまった。
会場設営を始めた時に、バザー用にと頂いたまま開梱してない箱や袋があったので、開いて並べてくださいねとお願いして、別の所でバザー開店の準備をしていた。
開梱した中に自分が並べているものと同じ様なものがないかと見に行ったら、大きなポリ袋に何やら一杯いれている人がいる。「どうしたのそれ?」と聞いたら「ごみを集めているんです。」との返答。
見れば、ちょっと古いけど細工のしっかりした籠や未使用のカフスボタンのセットなど、わたしから見たらどこがごみなの?と思うようなものばかり。思わず、「えーっ、これはごみじゃないよ、売り物だよ。」と声をあげてしまった。
所がその人は「こんなの売れませんよ。私にはごみとしか思えない。」とばっさり。
「人の好みは様々なんだから、あなたにはごみとしか思えなくても気に入って買ってくださると思うよ。特に籠類は好きな人多いからね。これだけしっかりしてたらすぐ売れると思うよ。」と言いながら、袋の中身を取り出してたら「私にはごみとしか思えないんだけどなあ。」とぼそり。彼女がごみとみなしたものは全て使用に耐えうるし好きな人は買ってくれそうなものばかりだったので売り場に並べておいた。
結果、すべてすぐ売れて幾ばくかの資金になった。
バザー用にと献品して下さるものの中には大量の衣類がある。中には、幾等なんでもこれはと思うような古いものや、傷汚れもあるものも混じっているので、それをはねてもらっていたら、ここでもびっくり。明らかに着用可能で汚れも傷もないものも処分の袋に入れられている。どうやら自分の好みに合わないもの、その人から見たら趣味が悪いと思うもの、等も処分対象品にしているらしい。
またも、他人の好みは様々なんだからと、何枚か引っ張り出してハンガーにかけてぶら下げていたら、あからさまではないけれど嫌な顔をされてしまった。
このバザーに携わっている人たちの好みは、どちらかと言えば世に言うお上品でシックなものが多い。でも、過去の経験から言うと、えーっと思うようなデザインや色遣いでも好きな人は好きで、気に入って頂ける。バザーで安く手に入れられるならと試してみたくて思い切ったデザインのものを買ってくださる方もいる。だから、自分の好みで取捨選択してはならないのに、こういう選択をする人は多い。
そして、処分入れから引っ張り出した衣類の何枚かは買われて行った。
このバザーは、様々な人たちの善意や尽力で成り立っているもの。献品してくれる人も買いに来てくれる人も会場で手伝いをしてくれてる人も、色んな趣味趣向を持っている。一律にああだこうだとは言い切れない。
自分の好みのものばかり並べたいのなら、別の所ですべて自分でやればいい。
そんなことを思ったけど、口には出せなかった。
集団で、何かをやることって難しいもんだ、とつくづく感じた次第。
話は変わって、必要に迫られて折り鶴を折り始めた。
知人の快気を願って持参したいのでと声をかけられたのだ。
久々に折ってみたら、まあ下手くそなこと。角々がきっちりいかない。自分でも呆れてしまった。
それでもまあ一晩で出来たのはこれだけ。
もう少し折ってみるつもり。少しは折り方が上達するだろうか?